《木曜日にはココアを》,中文名《星期四 喝可可》,作者:日本治愈系作家青山美智子。

第一章 木曜日にはココアを(1)
僕の好きなその人は、ココアさんという。
ほんとうの名前は知らない。僕が勝手にそう呼んでいるだけだ。
僕が勤めている「マーブル・カフェ」の、窓際、隅の席。
半年くらい前から、彼女はひとりで来て、必ずそこを選んで座る。
オーダーはいつも同じ。
「ホットココアを、お願いします。」
雨あがりの雫みたいな瞳で僕を見上げて、肩まで流れる栗色の髪を揺らして。
マーブル・カフェは、静かな住宅街の隅にある。
川沿いの桜並木がちょうど終わるあたりで、大木に隠れるように建っている小さな店だ。橋を渡った向こう岸にはいくつか店や施設があるのだが、こちら側は民家ばかりで人通りも少ない。広告を出すことも雑誌が取材に来ることもなく、知る人ぞ知るカフェのまま灯りをともし続けている。
テーブル席が3つと、5人ほど座れるカウンター席。ぼっくりした木のテーブルと椅子、天井から吊り下がったランプ。
満席になることもないかわりにからっぽになることもなくて、僕は毎日、エプロンをきゅっと締めてお客さんを迎える。
ココアさんが来店するのは決まって木曜日だ。
午後3時を過ぎたころに扉を開き、そこから3時間ぐらいこのカフェで過ごす。
そしてだいたい、長い英文のエアメールを読んだり書いたり、英語のペーパーバックを読んでいたり、窓の外を眺めていたりする。平日の昼下がりにここへ来るお客さんは親子連れやお年寄りが多くて、ココアさんのような若い女の人は珍しい。学生ではなさそうだし、結婚指輪もしていない。成人式から3年たった僕よりも、たぶん少しばかり年上なんだろうと思う。



