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朗读:魔王@初声日语教学部
《ひとりの時間が僕を救う》(一个人的时光拯救着我)
作者是一名当时还在读大学的油管up主:パーカー。YouTube(パーカー / 大学生の日常)
日语文本:
25 平凡な人間の個性とは?
教室の隅
中学を卒業したあと、僕は家から少し離れた高校に通うことになった。
今までの同級生は誰もいない、自分だけが通う高校だ。中学時代、僕は教室の隅っこで過ごすタイプだったので、高校ではきらびやかな世界を経験してみたいという思いも少しあった。
そんな思いの中、初めて教室に入ったときのことを覚えている。周りを見ると、すでにクラスの「コミュ強」集団が男女で固まっていた。それを見て、「レベル高っ!」と思うと同時に「自分は絶対馴染めない」と即刻、諦めに入った。
しばらくすると、僕らの担任となる先生が入ってきた。25歳くらいの、若い教師だった。新人だが、フレッシュ感はなくジメッとした男だ。一言でいえば、「イケてない」先生だった。まあグイグイくる先生よりはいいか……と、僕は少しだけ安心した。
こういうクラスの最初の集まりでは、必ずと言っていいほど自己紹介がある。
僕はこれが苦手だ。面白いことを言える人間ではないからだ。
自己紹介には何か特別なことを言わなければならないという、大喜利のような空気感がそこにはある。
第四周2 197
しかし、僕のような面白味のない人間は、絶対に周りの期待値を超えることができない。そして、特徴のないありきたりな自己紹介をすると、なぜか勝手にスベったみたいに感じてしまう。ただ普通のことを言っただけで、「うわー、普通」という、なんとも言えない空気感が流れる。もはや詰みゲーだ。
この誰も得しないシステムが僕は嫌いなのだ。僕が教師になったらまずは自己紹介をなくしたい。
こう感じる原因は何なのだろうか。
僕たちは子どもの頃から、個性がないとだめだと言われてきた。小学校の図工でも、「この作品は個性的だ」などと、少し人と違うことが個性だと思われがちである。
ここに僕はすごく違和感を覚える。
「個性」とはなんとも曖昧な言葉だ。
世の中、特殊であればあるほど個性的だと評価される。「人と違う=個性」という方程式が成り立っている気がするのだ。しかしそれだと、僕のような平凡な人間には一生、個性なんて得られない。
本来、個性とは人と⽐べるものではなく、その人が持っているものすべてを個性と評価するべきだろう。「この子は個性的だ」という言葉自体がおかしいのだ。面白味がなくても、どれだけ平凡な性格でも、それが個性のはずなのに認められることがない。特徴のないその他大勢の子どもたちに、「無個性」というレッテルを貼りつけているのではないか?
それに、本当の自分なんてものは、簡単に他人が見て分かるものではない。
もし一日だけ他人と入れ替わることができれば、想像を絶するような驚きの連続だろう。当たり前だが、自分と全く同じ人間はこの世にいないのだ。どれだけ面白味がなく、つまらない人間だからといっても、残念に思う必要はない。
個性なんてどうでもいい、他人からどう思われてもいいと思えて、初めて本当の自分、真の個性が現れるのではないだろうか。
レッテル
