それから2年間、僕はマーブル・カフェをひとりできりもりしている。もちろん経営者の名義はマスターのままで、僕は雇われ店長みたいなものだ。いきなり店をひとつポンと託されるなんてどう考えてもおかしいのだが、そんなありえない状況は僕に疑問を抱く隙さえ与えなかった。チェーン店のようなマニュアルはなく、マスターが教えてくれたのは戸締りの方法ぐらいだ。必死で試行錯誤していくうちに少しずつ常連さんが増えて、親戚みたいに僕をかわいがってくれるおばあさんや、幼稚園帰りの子どもを連れたお父さんがよく顔を見せてくれるようになった。すっかり僕らしく色づいたこのカフェに、マスターは気まぐれにふらりとやってきては、壁の絵を取り替えたり、客のふりをしてカウンターでスポーツ新聞を読んでいる。
僕のテリトリーは、2階建ての賃貸ワンルームとこのカフェだけだ。でも、僕はこの小さな世界でじゅうぶん満たされている。部屋は古くて狭いながらも2口ガスコンロで料理しやすいのが気に入っているし、なにより、このカフェを愛している。そして贅沢なことに、栗色の髪の聡明なお客さんに、恋までしている。
店員が客に恋するなんて、あるまじきことかもしれない。でも片想いでいいんだ、ぜんぜん。マスターの言葉を借りれば、夢でいい。片想いって、悪くない。ただ好きでいる。それだけのことがパワーをくれる。だから僕は、僕にできうる限りを尽くす。たとえば、そう。
木曜日には、とびきりおいしいココアを彼女に捧ささげる。それがすべてだ。

