7月半ばになって、梅雨明けの空がまぶしい季節が来た。
木曜日。午後3時が過ぎ、そわそわしているといつものように扉が開いた。
でも、ココアさんはいつもと違った。見るからにぐったりしていて、トートバッグを提げた肩をだるそうに落としている。タイミング悪く、彼女のお気に入りの席には先客がいた。パリッとしたブラウスにタイトスカートを穿いた、頭の良さそうな女の人だ。テーブルには本が数冊置かれ、しきりにタブレットを操作している。ココアさんはその女の人に目をやったあと、いつもの席に背を向けるようにして中央の空いているテーブルについた。
僕が水とメニューを持っていくと、汗ばむような暑い日だというのに、ココアさんはやっぱりお決まりのホットココアを注文した。そのときだけちょっと僕を見てくれて、でもすぐにテーブルへと目を落としてしまった。
僕がホットココアを運んだあとも、ココアさんはじっとうつむいていた。レターセットも、万年筆も、ペーパーバックも出さなかった。テーブルの端を、ただただ凝視している。
僕は見てしまった。はらり、と涙が彼女の頰を伝うのを。
駆け寄りたかった。でもできなかった。
ココアさんにとって僕なんて、自動販売機のボタンに過ぎないのだ。彼女はきっと、身なりからして育ちのいいお嬢さまで、英語がペラペラで、外国に長期間、あるいは何度も行っていて、おそらくエアメールの相手は遠距離恋愛中の恋人で、このカフェ以外では僕とまるで重なるところのない、遠い遠い世界で生きている人だ。
でも今、この瞬間の僕は、触れるのも可能なくらい近くにいて、できることなら彼女の涙をぬぐいたいと思っている。大丈夫だよって、そっと手を握りたいと思っている。
そんな奇跡は絶対、起こらないけど。何が大丈夫なのかも、よくわからないけど。
カフェ店員と常連客。エプロンを外せない僕が、ココアさんにできることといったら……できることといったら……。


