分享日本诺奖获得者山中伸弥在近畿大学的演讲,附上演讲全文及我们翻的译文,做成中日对照的形式,供大家练习听力、口译。
- 原文:山中伸弥
- 译文:日语翻译社
※由于超出字数,最后几页用图片形式了。




演讲全文&译文如下:
- 近畿大学卒業生の皆さん、本日はご卒業誠におめでとうございます。
- 各位近畿大学的毕业生,今天由衷祝贺大家毕业快乐。
- また、ご両親、ご家族の皆さん、本日本当におめでとうございます。
- 同时也恭喜各位家长朋友们快乐。
- 実は私の娘もつい最近大学を卒業しました。
- 其实我女儿最近也刚刚毕业。
- ですから皆さん、今日お集まりの御両親、同じような気持ちでおります。
- 所以我和今天在座的家长们有着相同的感受。
- 本当に長年の子育て、お疲れ様でございました。
- 把孩子培育成人真的辛苦各位了。
- ということで卒業生の皆さん、今日皆さんに、私の大好きな中国のことわざをお伝えしたいと思います。
- 今天我想向各位毕业生们向大家分享我最喜欢的一句中国的谚语。
- それは『人間万事塞翁が馬』、略して『塞翁が馬』、こういうことわざです。
- 那就是“人间万事塞翁马”,简言之“塞翁失马”。
- 『塞翁が馬』塞というのはお城です。
- “塞翁失马”的故事发生在边塞地。
- 中国のお城の近くの村に、塞翁の翁というのは、おきな、おじいさんです。おじいさんがいたらしいです。
- 中国边塞附近一个村落里有一位老爷爷名叫塞翁。
- そのおじいさん唯一の財産は一頭の馬。
- 老爷爷唯一的财产就是一匹马。
- そして一人息子さんと住んでおられたらしいです。
- 老爷爷和独生子一起居住。
- ところがある日、その唯一の財産の馬が逃げてしまいました。
- 某天,他的马匹逃走了。
- すぐ村人たちが集まってきて、おじいさんを「大変ですね」と慰めにきました。
- 村民们连忙赶来安慰老爷爷。
- でもおじいさんは冷静に、「いやいや、これは何かいい事の始まりかもしれない」と言いました。
- 但是老爷爷却冷静地说“非也非也,这可能是一个好兆头”。
- そうすると、2、3日すると、その馬が帰って来て、しかもその馬より更に良い名馬を一緒に連れて帰ってきました。
- 2、3日后,那匹马回来了,还带回一匹名马。
- すると村人はまたすぐ集まって来て、「おじいさん素晴らしい、良かったですね」とやってきました。
- 村民们又赶来祝贺“真是太好了 太幸运了”。
- でも、またおじいさんは「いやいや、これは何か悪い事の始まりかもしれない」と。
- 但老爷爷却说 “非也非也,这也许是个不详的预兆”。
- するとその息子さんやってきた名馬に乗っていましたが、落ちてしまって、足を複雑骨折してしまって歩けなくなってしまいました。
- 之后,老爷爷的儿子骑这匹名马时,从马上跌落摔断了腿,不能走路了。
- また村人がやってきて、「おじいさん、えらい災難ですね」とやってきました。
- 村民们又马上前来安慰“真是太不幸了”。
- しかしおじいさんは「いやいや、これは何か良いことかもしれない」と。
- 然而老爷爷却说“非也非也这也许是个好事”。
- しばらくすると、戦争が起こりました。
- 不久后发生了战乱。
- 村の若者はほとんど全員が死んでしまいました。
- 村里的年轻人都战死沙场。
- でもおじいさんの一人息子は足が怪我をして歩けなかったので、 戦争に行かず生き残りました。
- 老爷爷的儿子却因为腿部受伤没有应征入伍,保全了性命。
- そういう話らしいです。
- 塞翁失马大概是这样一则寓言。
- 村人のように一喜一憂するのではなくて、おじいさんのようにどっしり構えようと、そういう意味だと思います。
- 故事告诉我们:不要像村民们那样忽喜忽悲,而要像老爷爷一般沉着冷静。
- 私が大学を卒業したのは今から29年前です。
- 我大学毕业已有29年。
- 約30年間、社会人として過ごしてきましたが、この30年、私にもたくさんの『塞翁が馬』がありました。
- 工作了将近30年,这30年我经历了许多“塞翁失马”的故事。
- 私の卒業、医学部を卒業して医者になったわけですが、一番喜んでくれたのは父親だったと思います。
- 从医学系毕业后我成了一名医生,最高兴的就是我的父亲。
- なぜなら、父親が私を医学の道に押してくれたからです。
- 因为正是父亲鼓励我在医学的路上不断前进。
- 私の父はこの東大阪市で小さな町工場を営んでいました。
- 我的父亲在东大阪市经营一家小作坊。
- 町工場ですから、自分も一生懸命毎日作業をしていました。
- 因为是小作坊,他每日辛勤劳动。
- その時の私がちょうど中学生ぐらいですが、その時の怪我が原因で輸血をすることになり、その輸血が原因で肝炎、肝臓の病気になってしまいました。
- 那时我刚好在上中学,他当时因为受伤要输血,没想到因为输血而患上了肝炎、肝脏方面的疾病。
- どんどん病気がひどくなっていき、そのことがあって、私の父は息子である私に経営者ではなくて医学の道を勧めてくれたのかなと思っています。
- 病情不断恶化,也因此我的父亲劝我放弃继承家业,走上了医学之路。
- そしていよいよ医学部を卒業して就職しました。
- 从医学系毕业之后,我找到了工作。
- 当時は行き先の病院、自分では決めれずに大学の教授が決めるような仕組みでした。
- 当时的制度是不能自己选择去哪所医院就职,只能由大学教授来决定的。
- 私が行けと言われた病院は、大阪にある本当に立派な新しく建て直したばっかりの素晴らしい病院でした。
- 让我去的那家医院位于大阪,刚刚建成,非常气派,是一家很棒的医院。
- ですから私はこれはラッキーだと、こんな良い病院で働けるんだと、すごい喜んで働き出しましたが、これが『塞翁が馬』の始まりでした。
- 因此我感觉自己特别幸运,能够在这么好的医院工作,非常开心,而这却是“塞翁失马”的开端。
- 喜んで働き出したのですが、待っていたのは鬼より恐いような上司の先生でした。
- 我的欣喜迎来的是让人恐惧万分的恶毒的指导老师 。
- 僕は、そのあと2年間怒られなかった、怒鳴られなかった日は1日もありません。
- 在那工作的2年间每天挨骂,接受批评。
- 毎日も本当に凄い目に遭いました。
- 每天痛苦不堪。
- 山中という名前ですが、山中とも呼んでもらったことはありません。
- 我虽然有名字,叫“山中”,但他从来不叫我“山中”。
- 何と呼ばれていたかというと、ジャマナカ。
- 他是怎么称呼我呢?“累赘中”。
- こら「ジャマナカ、ジャマナカ」と毎日呼ばれていました。
- 每天都称呼我为“那个累赘中 累赘中”。
- 更にその2年の間、大好きだった父親が亡くなってしまいました。
- 也就是在那2年的某天,我最敬爱的父亲去世了。
- 医者としての自信、毎日怒鳴られて、外科医だったんですが手術もうまくいかない。
- 作为医生的自信,在每天的辱骂中消失殆尽。我身为外科医生,却无法娴熟地手术。
- しかも実の父親まで助けてあげることができなかったということで、医師としての自信を全く失ってしまいました。
- 甚至连自己的亲生父亲也没法拯救,我彻底丧失了从医的信心。
- どうしてこの後の人生を過ごしていこうかと思ったときに、なろうと思ったのが研究者です。
- 我开始思考要如何度过今后的人生,最终决定成为一名科研人员。
- 学生時代から研究に興味がありました。
- 学生时期我就对研究很感兴趣。
- 一旦は臨床になりましたが、自分の父親のような患者さんを全く助けてあげることができませんでした。
- 虽然曾经一度作过临床医生,却连像父亲这样的病人都无法拯救。
- どうしたらこういう今の医学では治せない患者さんを助けることができるのかと考えて思いついたのが、研究者でした。
- 要怎么做才能帮助到当今医学无法治愈的病人,在思索这一问题时 得出的结论就是——成为科研人员。
- そこからもう一度大学院に入り直して、研究者の道を歩み出しました。
- 之后我重读了研究生,开始了科研生涯。
- その後アメリカにも行き、研究のトレーニングを続けました。
- 接着去了美国接受训练。
- その時は自分はこれが天職だと、臨床医としては全然ダメで逃げ出して研究者になったわけですが、研究者としては才能があるんじゃないかとすごい思いました。
- 那时我觉得科研就是最适合自己的职业了,因为无法胜任临床医生 我选择了逃避成为了科研人员,但我发现了自己的研究才能。
- アメリカでの研究が非常に順調で、これでようやく天職を見つけた。
- 在美国的研究也很顺利,我终于找到了适合自己的工作。
- このあとはずっと研究者で頑張ろうと思って日本に帰ってきました。
- 打算为科研事业奉献一生,之后我回到日本。
- 当然日本でも研究者で頑張ろうと自信満々で帰ってきましたが、アメリカとですね、日本の研究環境が全然違い。
- 我当时是满怀信心回来的,决心要为科研奋斗。然而美国和日本的研究环境完全不同。
- 日本に帰ってきたらすぐに、また自信を失ってしまいました。
- 我回到日本后很快便再次失去信心。
- アメリカでうまいこと言っていた研究が日本では全くうまくいかないのです。
- 原本在美国进展顺利的研究在日本却举步维艰。
- 日本に帰ってきてやっていたのは実験動物、ネズミですが、何百匹というネズミの世話をする必要があり、毎日毎日200匹、300匹のネズミの世話ばかり。
- 回国后实验用的动物是老鼠,我必须要照料上百只老鼠,每天的工作就是照顾这200、300只老鼠。
- 自分が研究者なのかネズミの世話係かわからないとそんな毎日。
- 甚至开始怀疑自己到底是科研人员还是负责照顾老鼠的,每日单调的重复。

