初声日语朗读会|《ひとりの時間が僕を救う》34 21歳になって

初声日语朗读会|《ひとりの時間が僕を救う》34 21歳になって

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朗读:魔王@初声日语教学部

気づけばもう21歳だ。

年齢というのは恐ろしい。

どんどん重ねていくだけで、決して戻ることはできない。未成年は制限があってできないことも多いので、僕は20歳が最強だと思っている。そんな僕も21歳になって、少し悲しい気持ちになった。

そもそも僕は昔から誕生日を祝われることが、あまり好きではない。幼稚園の頃からだ。

僕の通っていた幼稚園には、誕生日の人をみんなでお祝いする習慣があった。全員でハッピーバースデートゥーユーを歌ったり、「おめでとう」と言って拍手する。

人の誕生日を祝うことはいいのだが、自分が祝われることは苦手だ。祝われるということは、その日は自分が主役になる。

何か偉業を成し遂げて祝ってもらえたら、嬉しいし自信が持てる。

でも、誕生日というだけで祝われても、どう喜んでいいのか分からない。だから僕の誕生日はそっとしておいてほしいなと思っていたし、もしかしたら自分だけ気づかれずスルーされるのでは?と期待したが、当日普通に祝われた。

長年そのように考えていた僕だが、最近納得のいく⽷⼜が見えた。というか、そもそも僕は勘違いをしていたのである。

誕生日を祝うのは、そもそも僕を喜ばすためだけではない。みんなも楽しい気持ちになるためにお祝いするのだ。人は誰しも「ボランティアしたい」という奉仕の精神がある。

逆に、自分の善意を拒絶されるといい気分ではない。

例えば、居酒屋で働いていたときのこと。

常連さんに「好きなものを飲め!」と奢ってもらうことがあった。正直全然欲しくないのだが、「ありがとうございます!」と言って喜んだふりをしていた。間違っても「いらないです」と拒否してはいけない。

大事なのは自分の気持ちではなく、相手の立場になって考えることである。

それと全く同じで、僕は誕生日に対して、自分の気持ちばかり考えて、祝ってくれる人たちの気持ちを全く考えていなかった。

ギブの精神を忘れていたのである。立派な人ほど、祝ってもらえたら素直に喜ぶだろうし、みんながハッピーになれることを優先するはずだ。今までの自分に反省した。

というのも、ユーチューブの活動をして初めて、僕は「応援してもらえる」ことの有難みを痛感している。自分に興味を持ってくれる人なんて、100人中1人いたらいいほうだ。

99人は無関心だし、3人くらいには嫌われているかもしれない。たまに「あれ、嫌われているな」と思うようなコメントを書き込まれることもある。だから、応援までしてもらえることは奇跡に近いのだ。

応援してくれる人の支えがあって、こうして本を書くこともできている。

自分のことだけを考えず、常に相手の立場に立って物事を考えられるような大人になりたい。

そんなことを思う21歳の夜であった。

ハッピー

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2024.10.09
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